掃除の知恵

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嘘のようなホントの話?




■「英語の達人」の方々の役割


 

当ブログの2月17日『抗「反日」レジスタンス宣言』でもリンクを張った船原さんの記事に関してです。船原さんは米国30年の在住者で、私は「アジアの真実」のコメント欄でちょっとだけお知り合いになりました。船原さんブログ:日本人として感じる危機感から全文引用します。
さて俺のweb logはこの3月を持って人気ブログランキングから「おさらば」するが、その前に日本の人に伝えたい事があるので。ここで述べることにする。日本は英語が通じない国の中でも世界のトップに入る。一番英語の通じない国は北朝鮮、その次が日本と言われるくらい国際水準で英語が一般の日本国民の間では通じないと世界で言われている。何を根拠に言われているのかは調べていないのでわからないが、昨日「アジアの真実」のブログ(Hiro-san注:2月14日の記事)を読んでいて英国国営放送のBBCが今制作中のドキュメンタリーで、第二次世界大戦時に於て、毒ガスで大量殺人が行われたというシナリオが「週刊新潮」の手に入ったと言う記事が目に入った。詳しい内容はシナリオを読んでないので何も言えないが、もしそれが本当であれば驚きを通り越して悲しみを感じる。それに反して意見も言えない英語のできない日本人に怒りさえも感じてしまう。共産圏の中国人は過去10年間で英語の重要性に気がついている。日本人の多くは「自分の価値観で全てが通用すると思っている」と信じている。できる限りの早さでその考えを変えなければまた日本が世界の中で孤立してしまう。この危機感を感じているのは俺だけではないと思う。そこで何が「自分の価値観で全てが通用すると思っている」であるが、英語ができなくても俺の代わりに誰かが言ってくれるであろう。とか、日本で俺たち、私たちが騒げば外務省が動いてくれるとかと言う価値観である。一人一人が感じていても、それを自由自在柔軟に表現できなければ何も起こらないのである。価値観とはどの価値がより重要かという価値の序列に対する考え方であり、物事に価値を認めるかという個人個人の評価的判断だけではないのである。世界の中での個人の価値観をアナライズすることが今必要なのである。最も難しい事に人とのコミュニケーションがあげられる。日本人はコミュニケーションを取るのが苦手な言語グループに属する民族である。大量の言語を海外から輸入して表現を補っているが、今21世紀は一外国語(日本の国際連合に於てのcorrespodenceは英語である。)を2nd languageとして多くの日本人が完全にマスターしなければならない。船原さんの「危機感」に触発されて、私も考えました。英語のコミュニケーション・レベルを引き上げるという議論の際には、1)すでにバイリンガルで言論・論評が自由にできる超少数派の人たち、2)いわゆる「英検1級」以上で「英語の達人」と言われている人たち、3)早期英語教育を含めた全体のレベルを上げるべき、という日本人全体の話、の3つは分けて考える必要があります。私は2)の方々に関して、荒削りではありますが、私なりに考えてみました。以下この記事のコメント欄での、私の発言です。-------------------------------------------------------大変興味深い議論の展開となり、私も参加させていただきます。日本が今後世界とコミュニケーションをとっていく言語は、今後数十年間は英語しかない、あるいは英語が最優先である、と私は考えています。私も若かりし頃は、東アジアの平和と安定のためにも、ハングル(朝鮮語)や中国語を勉強するべきであると考え、幾分の努力はいたしました。しかし、たとえハングルで韓国人と議論ができるようになったとしても、その広がりは日本・韓国という閉鎖的な空間に限定されてしまいます。90年代からは「これからは中国語だ」と言われてきました。ハングルよりは何十倍も多い人口を巻き込むことはできますが、中国語での議論に、ベトナム、インド、マレーシア、北朝鮮、オーストラリアなどを巻き込むことはできません。政治的にも今後、中国人・中華系人とどこまで論戦できるかが、日本の近未来にとって重要課題ですが、この議論を中国語で頑張るべきではありません。地域研究者や趣味の方は別として、論戦を張るための言語は戦略的にも、ともかく英語でやるべきです。他の言語をやるのは時間の無駄です。英語しかない状況であるにもかかわらず、日本語と英語の関係は不幸なことに、世界で「最も距離の遠い」関係です。その理由は以下の通りです。1)音素数の違い、2)同音異義語(homonym)による1対多構造、3)音節構造のよる脳機能変化、4)SVOシンタックス、5)高等教育が日本語である、6)ディベート&コメント&質問の文化が未成熟、などです。
1)英語の音素(音の種類)数は45で世界最大のグループに属し、日本語は23で最小群に属する。結果、英語の「話す」「聞く」が圧倒的に不利です。特に子音の多い言語は音声周波数が高いため、この高い周波数に慣れるのは「相当の努力」を要します。
2)音素が少ない上に、漢語導入と西洋外来語の導入のため、同音意義語の多さは世界最大です。その結果、聞き取りながら「熟語・外来語」の脳内変換を要求されるため、日本語は脳内の言語領域で負担が大きい。「チリ」と聞いたときに「chile」か「地理」なのか。「とうし」は「投資、透視、闘志、凍死、唐詩」のどれなのか、「じょそう」は「助走、除草、女装」のどれなのか、「文脈で理解する」クセを要求される。
3)音節は(基本的に)必ず「母音単独」または「子音+母音」の音節をとる。この構造は、世界広しといえども、日本語とポリネシア語だけです。その結果、角田忠信氏(著作「日本人の脳」など)で研究している通り、世界では日本人とポリネシア人のみが、自然界の音を言語脳の左脳で聞き取きとる、という特殊な脳構造が発達します。
4)世界言語の語順は、英語圏・ロマンス語圏・スラブ語圏・中国語圏はすべてSVO(主語+動詞+目的語)。フィンランド語もこの語順です。この語順では否定・肯定の区別も、日本語と異なり文中の比較的前部で確定します。
5)幸か不幸か、日本の高等教育は日本語ですべて完結してしまう。アフリカや太平洋諸国のように旧植民地の言語を使う必要のない環境です。
6)語尾まで結論がわからない、などのシンタックスの背景。わからなくても取りあえ尋ねない、和の精神を大切にする、市民革命を経験していない、などの歴史的背景があります。長々とすみません。上記の1つ1つは膨大な論証と議論がありますので、うまく説明できたかどうかわかりませんが、言いたかったことは、日本人にとって、英語を「話す」「聞く」レベルを上げるのは、当分の間、いかなる手段を講じようとも絶望的であります。レベル上げたい方は、ぜひ初等教育から高等教育までを英語で受けられ、できれば配偶者も英語のネイティブにすれば、それなりの効果はあります。(いずれ日本の音声学・大脳生理学・ハイテク技術が、日本人にとっての最適学習を考案してくれることを願っていますが)明治時代の知識人の英語力は、現在よりもはるかに高かった、と言われます。私は「話す」「聞く」レベルが高かったとは思っていません。書く能力が高かったのです。新渡戸稲造の「武士道」、岡倉天心の「茶の本」、鈴木大拙の「東洋の霊性」など、すべて英語で書かれ、後から日本語に翻訳されました。その筆致と内容の高さには驚愕します。今日まで、欧米が日本の精神性、作法、禅などに理解を示してくれる人たちが少しでもいるとすれば、それは欧米人が積極的に理解しようとした側面よりも、上記の日本人が、西洋哲学・東洋哲学を網羅しながら、必死の思いで英語で発信された意義の方が大きいと思います。今後の日本にとって、国連やTVで英語で討論できる方(緒方貞子氏のような方)は日本の国益にために絶対に必要ですが、日本全体の英語のレベルを上げるという意味では、必要ありません。むしろ、明治の先達たちが行ったような「書くこと」による発信を英語で展開すべきではないか、と考えます。「話す」ディベートで勝てないからと言って、「書く」ディベートで勝てないとは限らない。ブログ上ではある程度の時間的ギャップもありますから、「書く」ために、考え、調査し、ネイティブの協力者を得て、レトリックのレベルを上げることも可能です。こう言っている私ですが、とりあえず日本語で実験的にブログを始めたのですが、海外在住の皆様も含めて、(すでに始められているかもしれませんが)英語でブログを展開することは、どのようにお考えでしょうか。政治的・歴史的な例になりますが、「南京大虐殺」の犠牲者数を中国&シンパの中華系人は40万人以上、としていますが、私が調査した限りでは、この数字は10倍〜100倍の誇張であろうと考えます。日本ではこの問題の研究・論証も多く、この問題でブログを立てる方もふえています。しかし、世界中の「40万人信奉者」を相手に「それは10〜100倍の捏造である」と議論を張る、日本人による大々的な英語ブログは(今のところ)存在しない。日本語での著作や議論がどんなに精緻で優秀なものであっても、日本語の中で閉じてしまっている。で、外務省・文部省、政府、何とかしろ、という話になっているわけです。私はこの方面で何かの役に立てはしまいか、と考えてはいますが、英語圏で高等教育も受けておらず、配偶者もネイティブではありません。毎日のまともな論戦に応じられるかどうか、というのが不安です。現在、日本関係の英文報道は、共同通信のKyodo Newsを筆頭にかなり歪んでいます。これにAP通信やロイターが歪みを上乗せし、NewsweekやNew York Timesが時に追い討ちをかけることもあります。最近は中国の新華社通信が精力的に英文発信をしています。工作的な側面では、最近はアメリカよりもイギリス(ガーディアン紙、BBCなど)に力を入れているのではないか、と感じています。日本語の世界では、メディア報道の欺瞞や捏造を、緻密に検証する人たちがたくさん登場してきました。この流れを拡大する意味で、検証の内容を英語圏のメディアにまでも、そして発信言語を日本語以外(=英語)にまでも拡大できるかどうか、について考えているこの頃です。注1:最終パラグラフでは、「工作的な側面では、最近はアメリカよりもイギリス(ガーディアン紙、BBCなど)に力を入れているのではないか」など、オリジナルのコメントに若干の修正を加えました。





 
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