掃除の知恵

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「なんでもアラカルト」200807前半(7/2-13)まとめ(20090601転記)
「なんでもアラカルト」200807前半(7/2-13)まとめ
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20080702>>>「なんアラ」通巻9号エッセイ収集大詰め
7/1は恒例の「なんアラ」ブログまとめの日であった。
その間、「なんアラ」通巻9号のエッセイ収集も佳境に入っていて、昨夜22件目のエッセイが到着しいよいよ後3件となった。
7/6に奈良市写真美術館でKSさんと直接お会いしてエッセイ受領することになっているので、実質後2名である。
彦根のFTさん、京都のRSさんよろしくお願いしますね!
と言うことで本日のブログは6/30に記載した15件目以降7件分をまとめて紹介する。
16件目は小中同級生YTさんの「当麻寺のお練り」
ファックスで送付されてきたものをワープロ化し、しかも1700字位の文章を圧縮するのに苦労した。
でもYTさんらしい国宝も多く保存されている元北葛城郡当麻町・当麻寺の話なのでとても懐かしく彼らしい文章にほっとした気分になったものだ。
11/8には是非参加したいとの意向にもとても嬉しく思った。
17件目は大学同級生のKYさんの「幻影」
KYさんは通巻6号から連続でエッセイ・イラストセットでかいてもらっている常連で今回の奈良旅行で7/5に直接会って友好を深めることになっている。
18・19件目はJAさんの「後醍醐伝説あれこれ」、「鬼太郎のルーツ」
小説家JAさんの面目躍如の力作である。
今回は2つの連続性をもお願いしたが、果たしてどの部分に出ているか確かめなければ・・・。
イラストもその連続性を意識しての描画をHSさんにお願いするつもりである。
つまり通巻11号以降の新規面への今からアプローチである。
20件目はTNさんの「13分」
TNさんは京都在住で自宅から会社まで自転車通勤されている13分間の出来事を約900字にまとめられた。
TNさんにも7/5の奈良での便利堂講演会・懇親会でお会いする予定である。
そして21件目は調整の意味で預かっていたYHさんの「金融原理主義」
ちょっと難しい内容なのだが、イラストレーターCTさんに頑張って戴こう!
最後はやはり通巻2号から連続してのエントリーであるTTさんの「おそるべき道具の進歩」
こちらはいつも対応イラストをお願いしているRFさん振った。
そして昨日22件分のエッセイ対応イラスト描画依頼を13名のイラストレーターの方々に一斉メール送付した。
ちょっと肩の荷が降りた。
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20080703>>>「なんアラ」通巻9号エッセイ23件目到着
「なんアラ」通巻9号用のエッセイ23件目が昨日到着した。
昨日の「なんアラ」ブログで記載した(否!お願いした)京都在住のRSさんからであった。
タイトルは「奈良が好き!」
奈良講演会にぴったりの内容である。
奈良県出身の私もほとんど知らない「春日若宮おん祭り」に関して熱く語っておられ感動物である。
いよいよ7/6に直接エッセイ受領予定の奈良市写真美術館勤務のKSさんを除いて、後お一人となった。
再度このブログからFTさんに呼びかけます。
ラスト掲載かブービー掲載か後4日間の勝負ですよ!
久しぶりにアガパンサスの花の画像を掲載する。
この花は今年出てきた4本の内の3本目である。
開花した部分と蕾の部分とのバランスが綺麗だった。
1番目と2番目の花は既に満開の時期に近づきつつある。
いずれにしても茎が出て来てから最後の開花が終わるまでの寿命が2ヶ月に及ぶ非常に珍しい花だと思っている。
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20080704>>>「なんアラ」通巻9号エッセイ・イラスト同時掲載は3名に
「なんアラ」通巻9号のエッセイ・イラストの組み合わせもほぼ確定している。
今回はエッセイ・イラスト同時掲載のケースは、昨日の23番目エッセイのイラストを自分で描画したいと宣言されたRSさんを含めて3名となった。
今までも創刊号からエッセイ・イラスト同時掲載のケースは1−2件常に有ったが、3件となるとちょっと珍しいケースかも知れない。
逆に前回の通巻8号でのYOさんの様に、他人のエッセイにイラスト描画はするが自分のエッセイには他の人にイラスト描画を希望する人も居ることは確かだ。
但しほとんどのエッセイスト(私も含めて・・)は自分でイラストは描けないから他の人にお願いすると言うのが本音である。
では「なんアラ」はどのケースを推奨しているのかと言うとこれは編集者としての意見であるが、「なんアラ」に相応しく全てのケースを歓迎すると言うことである。
それぞれ御意見が有ろうと思われる。
明日その同時掲載を通巻6−9号と継続されているKYさんと奈良で直接会って話すのでその辺も議論のテーマとしてみよう!
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20080705>>>奈良出張へ出発
いつもより1時間早起きで少々眠い!
それにこの暑さだ!
天気予報では関西は更に暑そうだ。
京都で「なんアラ」エッセイ・イラスト共に連続してお世話になっている大学同級生のKYさんと待ち合わせ、近鉄特急で奈良まで行く予定だ!
詳細は明日のホテルからのブログで!
そろそろ支度をしないと間に合わない!
急げ急げ!!!
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20080706>>>猛暑の奈良で「なんアラ」収穫:その1
奈良出張の初日は猛暑(33度)の中、予定通り否、それ以上の行動が取れた。
まず京都で待ち合わせた「なんアラ」エッセイ・イラスト共著者KYさんと近鉄特急で35分の旅で奈良到着。
まずはホテルフジタ奈良へ。
10分程度の歩行だけで汗が噴出した。
ちょっとホテル内で休憩後、近鉄奈良駅ビルの8階で中華の昼食をとりお腹を満たした。
そして奈良県新公会堂で開催された便利堂主催の第9回「コロタイプ研究会」へ。
「なんアラ」通巻9号と呼号しているところがとても奇妙だ。
当初参加を渋っていたKYさんだが、昼食中に説得して急遽共に参加することになった。
法隆寺壁画の模写・火事消失の輪廻を繰り返した栄枯盛衰の説明をしっかりと受け止めた後、「なんアラ」執筆者でもあるOYさんのコロタイプ技術説明を聞いた。
いつもながらの説得力のある話は聴衆を魅了した。
その足で奈良国立博物館で開催中の「国宝法隆寺金堂展」へ。
法隆寺金堂内から運び出された四天王を始めとして、多くの国宝・重文を目の当たりにし、更に火事で消失した壁画の模写実物と共に法隆寺宝物の凝縮に酔ったものだ。
そして場所を移動して「天平倶楽部」で開催された「コロタイプ研究会」懇親会で、多くの「なんアラ」執筆者・サポーターとお話出来、満足してホテルに戻ってきた。
パソコンを起動して待ちに待っていた滋賀県在住のFTさんから「なんアラ」通巻9号の24番目のエッセが送付されていたのを確認した。
タイトルは彦根城築城400年で話題になった「ひこにゃん人気」でこれもタイムリーな話題となった。
エッセイそのものもさることながら、メールの内容はそのエッセイをフォローするには充分なものだったのでここで一部を紹介したい。
<以下080705FTさんからのメール一部>
「ひこにゃん」は、最初は普通にかわいいと思っていたくらいで、公募で名前が決まったときも、考えつきそうな陳腐なものだな、と思っていました。
が!実際に着ぐるみのひこにゃんに手を振られると、うれしいと感じる自分がいるのです。
正直、その感覚に驚き、とまどいました。
活動の初期は、一部のキャラクターマニアの人たちが、ひこにゃんの遠征先に出没した程度でしたが、徐々に一般の人たちが増えていきました。
原稿では触れませんでしたが、着ぐるみの中に入っている人が芸達者だったことも人気の原因のひとつです。
<中略>
雨後の筍のように出てきたキャラクターグッズもたくさん売れたようです。
というわけで、書き出したらきりがありません。
ネタとしてはひこにゃん以外思いつかなかったというのが本当のところです。
お時間があれば、一度「You Tube」というサイトで、「ひこにゃん」で検索してみてください。
<後略>
以上本日これから出かける奈良写真美術館のKSさんから最後のエッセイを頂戴すると「なんアラ」通巻9号編集作業はいよいよイラスト描画に全面移行することになる。
イラストレーター合計13名の方々には猛暑の中ご奮闘を宜しくお願いします。
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20080707>>>猛暑の奈良で「なんアラ」収穫:その2
奈良は連日33度の猛暑が続いている。
朝ホテルに荷物を預け、歩いて11/8の「なんアラ」奈良講演会会場となる「なら100年会館」に向った。
数十m歩くだけで汗がじとじと湧いてきた。
JR奈良駅を左に見て高架橋により不要になった線路を取り外している現場を通り越すと直ぐに目指す会場が見えてくる。
11月の気候では快適な10分程度のウォーキングとなるが、この暑さでは直ぐに干上がってしまう!
昨年10月に初めて下見をした時以来の懐かしい建物の中に入った。
しかし本入り口とは逆方向に事務所入り口があるとのことで又外壁を半周してから目的の受付に辿り着きやっと一息つく。
メールでやり取りしている受け付けの方と話し、本来なら10月に詳細打合せが必要なところを前倒しで机・椅子の数・配置、駐車場の位置・駐車方法、その他注意事項を結構こまごまと打ち合わせた。
そしてタクシーを呼んでもらい、荷物をホテルでピックアップした後、事前に連絡していた入江泰吉奈良市写真美術館のKSさんを訪ねた。
丁度「なんアラ」通巻9号の最後のNo25となるエッセイをパソコンで書かれている所であった。
まだ途中と言う原稿をプリントアウト願い、これで25件のエッセイが全て集まったことになった。
帰宅後、今回の奈良出張中に入手したNo24と25のエッセイ2件をまとめてイラストレーターに送付したことは言うまでもない。
KSさんのエッセイタイトルは「写真の本質」でやはり写真美術館の学芸員らしい内容である。
その後いつものアナログ・デジタル写真の議論を半時間ばかり行った後、前日より開催されている「入江泰吉大和の道」と同時開催の「奈良の鉄道」の展示をKSさんの詳しい説明の元じっくりと鑑賞させて戴いた。
「なんアラ」通巻4号で執筆いただいたHSさんがこの「奈良の鉄道」展にかなり拘わっておられることを聞いて少なからずアナログネットワークの妙を再認識した。
今日の画像はホテルの朝食で出た奈良県名物の「茶粥」を含めた私のバイキングメニューをどうぞ!
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20080708>>>「なんアラ」似顔絵の歴史?
「なんアラ」も通巻9号となり、10号まで後一歩!
創刊号よりのことを振り返ってみるといろいろなことが脳裏に浮かんでくる。
その一つにエッセイ執筆者・イラスト描画者の似顔絵がある。
通常の顔写真ではなく敢えて似顔絵にしたことには編集者としてのひとつの拘りがあった。
つまり「なんアラ」は全てを手作りのものにしたかったわけである。
そして著者紹介も味気ない写真ではなく、顔もイラスト化した似顔絵を使いたいとの意向で創刊号をスタートした。
そして創刊号から通巻4号まではその似顔絵を担当戴いている方々が別途おられた訳である。
しかしその似顔絵の分野は「なんアラ」のエッセイ対応イラスト描画と同様に編集者の理解を超えた難しさがあり、通巻5号以降は著者に直接似顔絵を提出いただくか、又は顔写真を送付頂き編集者の責任でデジタル加工して似顔絵としている経緯がある。
今回の通巻9号も主としてそのデジタル加工似顔絵を継続している。
しかしエッセイの最後を投稿願ったKSさんからは昨夜自作の似顔絵が送付されてきた。
それを見て新たな「なんアラ」の特徴が創造できる気がした。
KSさんの著者紹介似顔絵は実はお子様が描かれたものなのだ。
KSさんに最初に投稿願ったのはもう2年半前になる通巻4号で、その時お子様は7歳であった。
そして今回その時のものを使用してよいかとの問いかけに対して送付されてきたのが9歳に成長されたお子様のリニューアル似顔絵であった。
つまりこの2枚を見比べることによりKSさんのお子様の成長が想像出来、とても暖かいアナログ人間の良さをつくづく味わったものである。
著作権に関して後々お子様より提訴(!?)されるかも知れないが、皆様に御紹介したいと思う。
いずれ今年10/末刊行の「なんアラ」通巻9号には出版物として公開されるので、そこは3ヶ月半前倒しとして御容赦願いたい。
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20080709>>>「なんアラ」通巻9号イラスト3件目到着
まずは「なんアラ」ブログの更新が遅れたことのお詫び!
と言っても私の責任ではない。
グーのブログ本体のメンテナンスが又突然午前中に有ったのだ!
確か半月前にも有ったと思われるが、いずれにしてもブログは他人の家の軒下を借りている出店のようなものなのであまり文句は言えない!
そろそろ本気でホームページを考えるか・・・。
いずれにしても、まさかグー本体が崩壊するとは考え難いが、常に内容のバックアップを自分のメモリーにコピー保存しておく必要はある。
さて本日の表題である「なんアラ」通巻9号イラスト3件目到着は一昨日にあった。
エッセイトしては23件目に投稿戴いたRSさんからである。
エッセイタイトル「奈良が好き」に対応するイラストは、その文章中に出てくる内容から抜粋すると
<前略>
「春日若宮おん祭り」。なんと1136年(保延2年)からず〜と続いている。毎年12月15日〜18日春日大社の若宮さまの祭り。若宮さまは、春日大社第三殿「天児屋根命」(あめのこやねのみこと)の御子様神。
<中略>
だって祭りは日常じゃないですから。祭りのクライマックス「お旅所祭」を神様と一緒に見せていただく
<後略>
この最後の「お旅行祭」の舞楽に登場する蘭陵王を描いたとのことであった。
奈良講演会には御主人との海外出張で出席できないと、既に連絡いただいているので、詳細なコメントは又後ほど頂く予定である。
この3件目のイラスト到着で、合計3点のイラストが手元に届いたことになる。
最初の1件目はTIさんが描かれ、編集者のYSが対応エッセイ「永遠のマドンナ」を後から執筆したものである。
そして2件目は14番目のエッセイを書かれたHMさんが対応イラストを自分で描かれて先日6/末に同時に頂いたものである。
残り22件のイラストをこれから7/末の納期でお待ちしております。
イラストレーターの皆様宜しくお願い致します。
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20080710>>>「なんアラ」イベント画像編集
この「なんアラ」ブログにおいても時々画像を添付しているが、その容量は静止画像・動画共に1M以内に限定されている。
と言うことは静止画像の標準ファイルであるjpgでも圧縮をしていないと掲載は不可となる。
ましてや以前の静止画像ファイルbmwなどは圧縮無しではとても掲載できない。
いつも載せている花の画像や富士山の画像等も1Mを超えそうな場合は、圧縮による鮮鋭度低下を防ぐために画像をトリミングすることで1M以内にしている。
さて次は動画であるが、「なんアラ」に添付しているCDに収める動画の標準をmpgにして著者に提供願っているが、最近はほとんど提出は無い。
私が毎回リニューアルしているスキーやスノーボードの動画位であろうか?
そして動画と言えば半年に一度開催している出版記念講演会でのビデオ撮影動画の画像が毎回約3時間分保存されている。
その編集作業が2年分位溜ってしまっていた。
実は昨年11/18開催した福岡講演会に御本人は出席いただけなかったが奥様に講演もして貰いその動画をDVDに入れて、明後日の7/12御本人のHBさんに差し上げる約束をした。
後2日で纏め上げる必要に駆られ、ではまとめて3回の講演会分(仙台・福岡・札幌)を一挙に編集することにした。
結局この作業は2週間くらい前から始めて漸く昨日でその目処がついた状況である。
上述した様に動画の標準はずっとmpgにしてきたが、やはりその容量はかなり大きく、mpg2で20分600Mの容量が必要である。
つまりCD1枚に相当する。
約4.5MのDVDでも2時間半程度までしか挿入できない。
そこで今回は思いきってマイクロソフトが提唱しているwmv(ウィンドウ・メディア・ビデオ)にした。
このwmvだと1回の講演会分4時間を丸々1枚のDVDに余裕を持って収めることが出来る。
今日はこの作業を行って、福岡講演会開催時にエッセイ執筆・講演会参加などでお世話になったHBさんに手渡すDVD作製を終了予定である。
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20080711>>>葛飾区と葛城市
「なんアラ」通巻9号では私が育った奈良県出身又は在住者の多くの方々に執筆を願った。
そして26歳まで私が住んでいた懐かしい北葛城郡新庄町在住の小中同級生2名にもお願いして近況をエッセイにして投稿願った。
その新庄町は元野球選手と同名と言うことで一時はかなり有名になったものだ。
しかし平成の大合併でその名前も葛城市となり、辛うじて字に葛城市新庄が残っているだけである。
私としては寂しい限りである。
さてその奈良県葛城市と東京の葛飾区が同じ葛を使用しているので、以前からワープロ変換して当然同じ文字だと信じて疑わなかった。
しかし実はそれが異なることが、
新潮社2008年3月20日発刊、小駒勝美著の「漢字は日本語である」のP.189を見て分かった。
このワープロでは一つの葛しかでてこず、葛城市のほうである。
葛飾区の葛はヒのノの替わりに人と書くのが正しいらしい。
日本語は難しい!!!
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20080712>>>現代コミュニケーションツール
「現代コミュニケーションツール」と書くとどこかで聞き覚えがあると思われる方は「なんアラ」の真のサポーターである。
つまり「なんアラ」創刊号で私が執筆したタイトルが「現代コミュニケーション(親子・兄弟等)理論」であったのだ。
あれから早や4年が過ぎようとしている。
でも今読み返してみてもその時の考えは今でも生きていることが分かり「なんアラ」の存在感を再認識した。
ちょっと触りを紹介する
<以下「なんアラ」創刊号でのYSのエッセイ一部>
コミュニケーションを取ることは本当に難しい。まず誰と誰との関係かを明確にしてスタートしないととんでもないことに成りかねない。ここでは最近流行の携帯電話を通じてコミュニケーションを取る方法を提案してみたい。
<後略>
この場合は最近問題にもなっている携帯電話の活用方法を別な視点から見ているが、ここ数日でいろんなコミュニケーションツールをまとめて味わったのでそれをまとめてみたい。
携帯電話に関しては、今年初めに家内と共に機種変更をして家族プラン契約したが、最近の通話・メール代金がちょっとオーバー気味で現在家内と調整中である。
便利なものはその見返りとしての投資額との折り合いが大事である。
私は「なんアラ」通巻9号の執筆依頼で相当電話代が嵩んだ。一方家内はメール代が異常に増えていてそれに関してのチェックが必要との結論に達した。
さてその次のツールは依然として電子メールを持たない執筆者とのコミュニケーションをFAXで行っており、通巻9号で3名の方から続いてFAX受信をした。
このFAXはデジタル・アナログの中間を行くツールだと思っている。
但し世の中の傾向がFAXから徐々に離れており、送受信側の使用頻度とも関係してなかなかスムーズに出来ないのが欠点である。
ただ電話と比べ結果が紙として残るのはありがたい。
当然その電話・FAXの両方の長所を加味したのが電子メールである。
従って「なんアラ」に関する更新の90%以上はこれで賄っている。
しかし最後は直接会って話すのが人間としてコミュニケーション最大の長所を発揮できることになる。
今日はこれからその最大の収穫を得るために小田原に出かけ、15年来の電話やメールのみの付き合いで一度も直接お会いしていないHBさんと面会し、旧友を深めることにしている。
大きな期待を持って出かけるつもりだ。
さてその成果は?!!!
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20080713>>>福岡在住HBさんそして沖縄HIさん
「なんアラ」通巻7号でエッセイ執筆頂いたものの、福岡講演会には残念ながら出席願えず奥様が代理出席戴いたと言う経歴のHBさんに昨日小田原で初対面した。
新幹線を降りてこられたHBさんを見て(「なんアラ」の顔写真のみの情報から)直ぐに分かった。
その後軽い昼食を挟んで、約2時間の歓談はあっという間に過ぎ去った。
まずは小田原城をビル屋上から眺めた後、2週間かかって製作した福岡講演会のビデオ編集したDVDを持参パソコンで流して奥さんが話されている画像を確認した。
その後お互いの近況やHBさんと知り合った(直接会ってはいなかったが・・)切っ掛けの話題に花が咲いた。
FFを退職する前の3年前、今から7年前に当時FF福岡営業所に居られたHBさんに電話をしたのが切っ掛けであることをお互いに確認しあった。
そして当時沖縄地区を担当されていたHBさんが沖縄のHIさんと懇意にされていたと言うことで話題はHIさんの方に移行した。
その時衝撃が走った。
HIさんが2年前の2006年2月に亡くなられたと聞いたからである。
HIさんにはいずれ「なんアラ」で登場願いたいと思っていた人であり、年賀状もかかさずやり取りしていたが、ここ2年間は当方からだしていたもののHIさんからは便りが無かった。
当然と言えば当然で有ったのか・・・・・。
御冥福を祈りたいと思う。
HIさんの想い出は数え切れないほどある。
初めてHIさんにお会いしたのはもうかれこれ四半世紀前の1985年頃だと思う。
YSPS研究所を設立したいと思った切っ掛けも沖縄における写真を含めた種々のマテリアルの耐久性に関して大きな関心が有ったからである。
そしてHIさんの奥様や家族同然の飼い犬(親犬が1歳頃から知っていてその子犬も大きくなった頃までまとめてお付き合い?戴いた)も含めて本当にお世話になった。
御自宅にお邪魔したのも20回は下らないだろう!
柔和なHIさんの面影は今でも直ぐに瞼に浮かび、「なんアラ」発刊に関してもいろいろ御意見を頂き、前述したように是非なんらかの形で「なんアラ」に登場願えると信じて疑っていなかっただけにとても無念の感が強い。
通巻6号の編集後記で創刊号執筆のTHさんの御逝去について記載したが、通巻9号の編集後記にはHIさんについても少し触れたいと思っている。
再度HIさんの御冥福をお祈りいたします。

http://blog.goo.ne.jp/yoshio_seoka/e/fdd565dd9df3dfbead6be0928c5f0f13

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